平家(へいけ)が船(ふね)をかくしていた海岸(かいがん)
屋島の対岸、五剣山の西のふもとにある入り江で、平家の能登守教経が船を隠したと伝えられている。平家の軍船の集積地で、寿永2年(1183年)9月から寿永4年の2月まで、1年半の間、平家の本陣があったとも伝えられている。平家の何千の船は、この浦を中心に庵治一帯の海岸に隠し、源氏の襲来を海からくるものと待ち受けていたと思われる。
■住所/庵治町155番地7 ■ことでん八栗駅より/車5分 ■駐車場/5台 ■トイレ/有り ■アクセス方法/国道11号から牟礼方面に入り、県道36号線に入り、県道沿いの船隠しバス停から海に向かって徒歩3分。