安徳天皇(あんとくてんのう)が住(す)んでいたところ
寿永2年(1183年)秋、都を追われた平家が安徳天皇を奉じて、この地にやって来て、屋島に宮を造営するまでの間、安徳天皇の仮の住まいとした寺である。 屋島の合戦で義経の家来である佐藤継信が戦死したときには、六萬寺の僧に頼んで、その遺体を瓜生が岡のふもとに埋葬したと伝えられ、武具などを寄進したとされている。 ここで、平家の公達たちが歌を詠んで寺の壁や障子に書き付けていたといわれ、なかの三首だけが今も伝わっている。 ● 嬉しくも遠山寺にたづね来て 後のうき世をもらしつる哉 本三位中納言平重衡 ● いざさらばこの山寺に墨染の 衣の色を深く染なん 経寿房阿遮梨祐円 ● 世の中は昔語になりぬれど 紅葉の色は見し世なりけり 兼但馬守平経政
■住所/田井地区国交省職員住宅南 ■ことでん六万寺駅より/7分 ■駐車場/有り ■トイレ/有り ■アクセス方法/ことでん六万寺駅から北へ徒歩15分