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屋島合戦(やしまかっせん)
    
紙芝居(かみしばい)

KAMI SHIBAI

八、総門

 〜盛継の鎧を突き抜けて〜 十、継信の最後

 〜名誉と思い冥土へ向かう〜

九、菊王丸(きくおうまる) 〜十八(さい)若武者(わかむしゃ)が〜

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(ゆみ)名人(めいじん)である能登守教経(のとのかみのりつね)は、義経(よしつね)をねらいますが、家来(けらい)()ちはだかって義経(よしつね)(まも)ります。そのうち、義経(よしつね)大切(たいせつ)家来(けらい)一人(ひとり)佐藤継信(さとうつぎのぶ)が、教経(のりつね)()にあたり(うま)から()ちると、その(くび)をとろうと、菊王丸(きくおうまる)(はし)ってきました。継信(つぎのぶ)(おとうと)忠信(ただのぶ)が、(あに)(まも)ろうと、菊王丸(きくおうまる)()(はな)ちます。菊王丸(きくおうまる)(いのち)(うしな)い、教経(のりつね)(かな)しんで、その()(たたか)うのをやめてしまいました。
八、総門

 〜盛継の鎧を突き抜けて〜 目次 十、継信の最後

 〜名誉と思い冥土へ向かう〜

詳細

敵方の能登守教経(のとのかみのりつね)は、京都一の強い弓引き。矢面にまわれば、みな射殺されてしまいます。なかでも、義経さまを射殺そうと執拗にねらうのでしたが、もちろんわが軍もそうはさせまいと、味方の者が次々と義経さまを守ります。奥州(注釈1:現在の福島・宮城・岩手・青森の四県と、秋田県の一部)佐藤三郎兵衛継信(さとうさぶろべいつぎのぶ)さま、佐藤四郎兵衛忠信(ただのぶ)さま、伊勢三郎義盛(いせさぶろうよしもり)さま、源八広綱(げんぱちひろつな)さま、江田源三(えだのげんぞう)さま、熊井太郎(くまいたろう)さま、武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)さまといったみなさまが、義経さまの矢面に立ってお守りいたしますので、敵の思い通りにはなりません。しかしながら、能登守は次から次と矢を放ち、何人かの鎧武者(よろいむしゃ)が射落とされてしまいました。

なかでも真っ先に進んだ佐藤三郎兵衛継信さまは、左の肩から右の脇へと射ぬかれ、馬からまっさかさまにどっと落ちてしまいました。

すると、能登守の家来の菊王丸と申すものが、継信さまの首を取ろうと走りかかってきたのです。もちろん、弟の四郎兵衛忠信さまは、兄上の首を取られまいと、弓を引き絞ったのでした。

放った矢は、見事に腹巻の合わせ目を射抜き、菊王丸は四つんばいに倒れます。今度は、能登守があわてて船から飛び降り、左の手に弓を持ったまま、右手に菊王丸を抱きかかえ船に投げ込みました。菊王丸はまだ十八歳、能登守はかわいそうに思い、その後は戦いもせず嘆き悲しんだとのことでした。

その悲劇は、わが軍も同じこと。同じ頃に、陸では義経さまも、嘆き悲しんでおられたのでした。

注釈1奥州:現在の福島・宮城・岩手・青森の四県と、秋田県の一部