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屋島合戦(やしまかっせん)
    
紙芝居(かみしばい)

KAMI SHIBAI

十一、沖の船

 〜美しい女官の手招き〜 十三、晴れ舞台

 〜弓を折り自害して〜

十二、(なぎさ)にて 〜(おうぎ)真中(まんなか)()よ〜

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()()された与一(よいち)は、義経(よしつね)から(おうぎ)(まと)()るようにいわれました。自信(じしん)がありませんと一度(いちど)はことわりましたが、義経(よしつね)(ゆる)してくれませんでした。そこで、決心(けっしん)をして用意(ようい)(ととの)え、(うま)()って(ゆみ)()ち、海岸(かいがん)()かったのです。
十一、沖の船

 〜美しい女官の手招き〜 目次 十三、晴れ舞台

 〜弓を折り自害して〜

詳細

忘れもしません、その日の私のいでたちは、濃紺に赤地の錦で、おくみ(注釈1:和服の前の左右にあり、上は襟に続いている。)とはた(そで)を色どった直垂(ひただれ)に、萌黄(もえぎ)おどし(注釈2:鎧の小さい板を革や糸でつづること。)(よろい)を着ておりました。お召しと聞いて、私はあわてて(かぶと)をぬぎ、弓を脇に持って、義経さまの前にかしこまりました。

義経さまは、「これ宗高、あの扇の真中を射て、平家に見せてやれ」とおおせられました。私は、義経さまのお言葉に、一瞬、身も凍る思いがいたしました。名誉であるというより、まだ未熟(みじゅく)な私にそのようなお役目が務まるとは思えなかったのです。私は、ただただかしこまって「うまく射とげられるかどうか、自信がございません。もし、射そこなうようなことがあれば、いつまでもお見方の(はじ)となります。どうか、確かに射落とすことができる方に、おおせつけくださいませ」と申しました。しかし、この返事は義経さまを怒らせてしまいました。「鎌倉を出発して、西国へ向かおうとする者は、この義経の命令にそむいてはならぬ。少しでも不服があるのなら、ここからさっさと帰られるがよい」とおおせになられたのです。

これは、重ねて辞退しては大変なことになると思いました。「自信はありませんが、義経さまのご命令に従います」と申して、ご前を引き下がりました。もともと命をかけて出向いてきたのですから、これしきのことでおじけづいてはいけないと覚悟を決め、急いで仕度にとりかかりました。小房のついたしりがいをかけ、わが家紋が浮かび上がる鞍を置いて、馬にまたがりました。これを立派に成し遂げることができれば、わが一族の大きな名誉となります。何度も何度も自分自身に落ち着くように言い聞かせながら、弓を持ち直し、手綱を取り、波打ち際に向かって馬を歩ませました。

注釈1おくみ:和服の前の左右にあり、上は(えり)に続いている。
注釈2おどし(よろい)の小さい板を革や糸でつづること。

屋島合戦の謎 その8

扇の的までの距離はどれくらい?
「海へ一段ばかりうちいれたれども、なお扇のあはひ七段ばかりあるらんとこそ見えたりけれ」と平家物語には描かれております。一段とは、六間で約11メートル弱。七段だと、約76メートルにもなります。お話しはずいぶん誇張されていると思われますので、それより短い距離であったとしても、何十メートルかあったことでしょう。現在の遠的競技の距離が60メートル。直径1メートルの的を使い、中心の金色の半径は10センチ。当時の弓矢の性能は、今よりも劣ると思われるので、与一はやはりチャンピオンクラスの腕