詳細
忘れもしません、その日の私のいでたちは、濃紺に赤地の錦で、おくみ
とはた袖を色どった直垂に、萌黄おどし
の鎧を着ておりました。お召しと聞いて、私はあわてて甲をぬぎ、弓を脇に持って、義経さまの前にかしこまりました。
義経さまは、「これ宗高、あの扇の真中を射て、平家に見せてやれ」とおおせられました。私は、義経さまのお言葉に、一瞬、身も凍る思いがいたしました。名誉であるというより、まだ未熟な私にそのようなお役目が務まるとは思えなかったのです。私は、ただただかしこまって「うまく射とげられるかどうか、自信がございません。もし、射そこなうようなことがあれば、いつまでもお見方の恥となります。どうか、確かに射落とすことができる方に、おおせつけくださいませ」と申しました。しかし、この返事は義経さまを怒らせてしまいました。「鎌倉を出発して、西国へ向かおうとする者は、この義経の命令にそむいてはならぬ。少しでも不服があるのなら、ここからさっさと帰られるがよい」とおおせになられたのです。
これは、重ねて辞退しては大変なことになると思いました。「自信はありませんが、義経さまのご命令に従います」と申して、ご前を引き下がりました。もともと命をかけて出向いてきたのですから、これしきのことでおじけづいてはいけないと覚悟を決め、急いで仕度にとりかかりました。小房のついたしりがいをかけ、わが家紋が浮かび上がる鞍を置いて、馬にまたがりました。これを立派に成し遂げることができれば、わが一族の大きな名誉となります。何度も何度も自分自身に落ち着くように言い聞かせながら、弓を持ち直し、手綱を取り、波打ち際に向かって馬を歩ませました。
おくみ:和服の前の左右にあり、上は
襟に続いている。
おどし:
鎧の小さい板を革や糸でつづること。
屋島合戦の謎 その8
扇の的までの距離はどれくらい?
「海へ一段ばかりうちいれたれども、なお扇のあはひ七段ばかりあるらんとこそ見えたりけれ」と平家物語には描かれております。一段とは、六間で約11メートル弱。七段だと、約76メートルにもなります。お話しはずいぶん誇張されていると思われますので、それより短い距離であったとしても、何十メートルかあったことでしょう。現在の遠的競技の距離が60メートル。直径1メートルの的を使い、中心の金色の半径は10センチ。当時の弓矢の性能は、今よりも劣ると思われるので、与一はやはりチャンピオンクラスの腕