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屋島合戦(やしまかっせん)
    
紙芝居(かみしばい)

KAMI SHIBAI

十二、渚にて

 〜扇の真中を射よ〜 十四、しころびき

 〜悪七兵衛景清と十郎どの〜

十三、()舞台(ぶたい) 〜(ゆみ)()自害(じがい)して〜

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(おおぎ)(まと)(かぜ)にゆられて、()とすのがむつかしいように()えました。そこで、与一(よいち)()()じて(いの)ると、(かぜ)がおさまりました。()()ると、(おうぎ)(まと)()たり、(おうぎ)(うみ)()ち、(てき)味方(みかた)もほめたたえました。
十二、渚にて

 〜扇の真中を射よ〜 目次 十四、しころびき

 〜悪七兵衛景清と十郎どの〜

詳細

渚に進むと、思った以上に船は遠く、少しでも近くにと馬を進めました。北風が激しく吹きつけて、磯に打ち寄せる波もしぶきを上げます。船は波に揺られてゆらゆらと、それに合わせて扇もひらひらと止まってはくれません。沖の平家は船を並べ、一斉にこちらを眺めております。また、背後には、わが軍の祈るような視線を感じます。私にとっては、一生に一度の晴れ舞台。そう思えば、なお胸は早鐘を打つように高鳴りました。

このままでは射損じてしまいます。目を閉じて心の中で、「南無八幡大菩薩(なむはちまんだいぼさつ)、わが生国の日光権現宇都宮大明神(にっこうのごんげんうつのみやだいみょうじん)、那須の湯泉(ゆぜん)大明神、どうぞあの扇の真中を射させたまえ、もし、これを射そこなうことがあれば、弓を折り自害をして、二度と誰にも会うことはありません。もう一度、故郷へ帰らせてやろうとお思いになるのなら、この矢をおはずしくださいますな」と祈ったのです。

そして、目を開いて見ると、風も少し弱まり、扇の的もいくぶんか射やすくなったように思えました。この時と思い、後は無心に矢をとって弓につがえ、思う存分に引きしぼって放ちました。弓は浦々に響き渡るかと思うほど大きく長いうなり音を立てました。そして矢は、ぶつっと確かに的に当たったのです。矢が海に落ちていくと同時に、扇は空へと舞い上がり、ひらひらと春風にもまれて、やがて海へと散っていきました。

その後、沖からも陸からも、一斉にどよめきが起こりました。その喧騒の中で、白波の上に浮き沈みする扇を見つめながら、安堵の気持ちの後に大きな喜びの思いが湧き上がってきました。

しかし、この後、義経さまからの一言で私は我に帰り、ここが戦場であることを思い知らされることになるのです。

屋島合戦の謎 その9

なぜ平氏は扇の的を立てたのか?
的にした扇は、平氏が信心をした安芸の厳島神社ゆかりの扇で、その横に立っていたのは、建礼門院(安徳天皇の母)の侍女である玉虫前。単なる遊びではなく、平氏はこの扇が射落とせるか否かで、この戦いの運命を占ったと言われています。扇の的を射落とされたことで、平氏軍はさらに戦う気力がなえたと思われます。落日の波間に落ちた扇の的は、まさに壇ノ浦に沈む平氏の運命そのものでした。