十四、しころびき 〜悪七兵衛景清 と十郎 どの〜

詳細私が扇の的を射落として、平氏もわが軍もどよめき盛り上がるなか、年のころは五十ばかりの男が一人、黒皮おどしの鎧を着て、白柄の長刀を持って、扇を立てていたところに進み出て、舞を舞い始めました。すると、伊勢三郎義盛どのが、私の後ろに歩み寄って、一言きっぱりと言い放ちました。「ご命令であるぞ、あれをしとめろ」。そして、私は矢を放ちました。それは、男の首を射抜いて、男は船底へさかさまに倒れこみました。平家からは物音一つたたず、わが軍からはどよめきが上がりましたが、「当たった」とはやす言葉もあれば、「情けない」という声もありました。
憤りを感じた平氏の中から、盾をつき立てた者が一人、弓を持つ者が一人、長刀を持つ者が一人、武者三人が渚に駆け上がってきました。義経さまはそれを見て、「馬の達者な若武者よ、はよう蹴散らせ」とおおせられました。その言葉に、武蔵国の住人、みおの屋の四郎どのらが連れ立って駆け出しました。盾の陰に大きな矢を持って、真っ先に進んだみおの屋の十郎どのが、馬の左胸を射ぬかれて飛び降り、太刀を抜いてかかっていきました。すると、たくましい男が、盾の陰より大長刀を打ち振ってかかってきました。十郎どのの小太刀では、大長刀にはかなわないと見えました。すると敵は、長刀を左の脇にはさみ、十郎どのの甲のしころ
を、つかもうとするのです。十郎どのは、つかまれまいと走り、三度はつかみそこなったものの、四度目にむんずとつかまれてしまいました。しばらくは、ともに大変な力持ちなのか、双方が力を入れたまま動かなかったのですが、最後には一番上のしころを引きちぎられ、十郎どのがのけぞったのでした。
十郎どのは、見方の馬のかげに逃げ込んで一息つきました。敵は追っては来ないで、長刀を杖代わりにし、甲のしころを差し上げて、「日ごろは音にも聞け、今は目にも見よ、われこそが京の若者らにそう呼ばれる
の悪七兵衛景清である」と名乗りを上げたのです。
しころ:かぶとの鉢の左右から後ろにたれて、首をおおうもの。
上総:現在の千葉県中央部