十八、無常 〜すべて散 り行 く〜

詳細わずか十六騎で三千余騎の敵をわが軍のものとした伊勢三郎どの。「義盛のはかりごとは、たいしたものだ」と義経さまも感心しきりでした。田内左衛門教能は、武器などは取り上げられ、伊勢三郎に預けられたました。田内教能を人質にしたことで、その父である
そして、ようやく二十二日の
平氏を西へ追い詰め滅ぼした義経さまは、この年よりたった四年後の文治五年、頼朝さまに北へと追い詰められ自害なさいます。落ち延びて思い起こされたのは、輝きに満ちていた一の谷、屋島、壇ノ浦の合戦の日々でございましたでしょう。熱い魂を持った、仲間たちに囲まれて、真っ直ぐに駆け抜けた日々。私は、そのようなお仲間に恵まれた義経さまが、いつまでもまぶしく胸に残っておりました。
私のその後は、扇の的を射たほうびに、頼朝さまより那須の後継ぎとしての地位をたまわり、武蔵や信濃など五つの国
の領地をたまわりました。私は、那須家の十一番目の息子でございました。わが家においては兄弟が仲良くするのが最良のことと思い、兄たちと領地を分かち合うことにいたしました。
そういう私も、義経さまが自害して間もなく、頼朝さまのお供で都に上り、病に倒れます。今度、生まれ変わるときには、戦のない時代に生まれたいと願いながら、短い生涯に別れを告げたのです。
五つの国:与一が賜ったと伝えられる領地:丹波国五賀庄(京都府船井郡日吉町)・信濃国角豆庄(長野県松本市、塩尻市)・若狭国東宮河原庄(福井県小浜市)・武蔵国太田庄(埼玉県行田市、羽生市)・備中国絵原庄(岡山県井原市)
屋島合戦の謎 その12